エスプレッソの渋みを消し去る「パックフィルター」の可能性

エスプレッソの渋みを消し去る「パックフィルター」の可能性

エスプレッソの渋みを消し去る「パックフィルター」の可能性

エスプレッソ抽出後のコーヒーパック(抽出殻)は、その瞬間に「役目を終えた廃棄物」として扱われがちです。もちろん、コンポストや資材への再加工といったサステナブルな活用法はありますが、10〜15回も繰り返し抽出できるプーアル茶などの茶葉と比較すると、コーヒーが一度の抽出で捨てられてしまう現状には、まだ改善の余地があるように思えます。

そこで、「抽出後のコーヒーパックを、次のエスプレッソのための吸着フィルターとして再利用できないか」という仮説が浮上しました。検証の結果、このアプローチには極めて興味深い可能性が秘められていました。


クロマトグラフィーとは?

クロマトグラフィーとは、混ざり合った成分を、それぞれ別々に分離していくための技術です。液体である「移動相」を多孔質の素材である「固定相」に通過させることで機能します。

その過程で、成分は「液体に溶けて移動する時間」と、「素材の表面に留まる時間」を行き来します。そして、それぞれの成分によってどちらを好むかが異なるため、移動速度に差が生まれ、最終的に成分同士が分離されていくのです。

ペーパークロマトグラフィー 実験1
ペーパークロマトグラフィー 実験2
ペーパークロマトグラフィー 実験3
ペーパークロマトグラフィー

紙の下端近くに小さな黒い絵の具の点をつけ、その紙の端を水に浸した様子を想像してみてください。すると、水は紙を伝って上へと移動していきます。このとき、紙の繊維が「固定相」として機能します。

一見すると黒いインクは均一に見えますが、実際には複数の色素が混ざり合っています。水が上昇していく中で、ある色素は紙に強く付着するためゆっくり移動し、別の色素は水に溶けた状態を好むため、より速く、より遠くまで移動していきます。

これをインクではなく、コーヒーの成分で考えてみるとどうでしょう。紙に吸着しやすく、結果として移動が遅くなるのは、華やかな香気成分ではなく、むしろ疎水性の強い苦味成分だと考えられます。

しかも都合のいいことに、エスプレッソの抽出はすでに“縦方向のカラム構造”として成立しています。アボット教授の考えでは、このカラムの高さを、何らかの吸着性を持った媒体でさらに延長できれば、疎水性の成分の一部がショットへ流れ出る前に、カラム内の粒子へ吸着される可能性があるのではないか、というものでした。

実際、細長いエスプレッソパックでは、すでに似たような現象が起きている可能性もあります。また、この理論は、なぜ Lance Hedrick が、標準的な58mmではなく49mmの細いフィルターバスケットへ切り替えることで大きなメリットを感じていたのか、その説明にもつながるかもしれません。


実験プロセス

検証にあたり、まずは使用済みパックから可溶成分を完全に洗い流し、純粋な「吸着体」としての状態を作りました。テイスティング比較の際、使用済みパック由来の過抽出成分がカップを汚染しないよう、約3分間水を流し続けて完全にリンス。成分を限界まで抜ききったパックは、かすかにルイボスティーのようなニュアンスを感じる程度で、TDSは0.01未満(ほぼ純粋なペーパーリンスと同等)の「すっからかんの粉」になりました。

実験画像

フィルターの厚み(レイヤー)の最適化
最初の試みとして、使用済みパックを丸ごと1層追加した「ダブルパック」で抽出したところ、抽出時間が2分半に達し、流速が極端に低下しました。また、最初に流出する数グラムがパック内の残留水によるものだったため、グラインドを粗くするか、レイヤーを薄くする必要があることが判明。最終的に、リンス済みパックフィルターの厚みを「2mm」「4mm」「6mm」の3条件に設定し、比較実験を行いました。

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実験結果

図1:厚みとTDSの関係

図1:使用済みパックフィルターの厚みが増すほど、保持された水による希釈の影響でTDSが低下した。これは予想通りの結果だった。

1. TDS(総溶解固形分)の推移

厚みが増すにつれて、TDSは段階的に低下しました。

  • コントロール(通常): 約10.1%
  • 2mm条件: 約8.6%
  • 4mm条件: 約7.5%
  • 6mm条件: 約6.3%

2mm条件におけるTDS低下の主な要因は、純粋な抽出効率の低下ではなく、パックフィルター内に保持されていた水分(自重の約2倍)による「希釈(ディリューション)」です。なお、6mm条件は流速が90秒まで遅延したため、グラインドを粗くして調整しており、他の条件とは異なる抽出レジームに入っています。

2. 相対抽出率(保持水分補正後)

パックフィルターが保持する水分による希釈効果を補正し、純粋な「相対抽出率」を算出しました。

  • コントロール(通常): 約21.7%
  • 2mm条件: 約21.3%(実質的な差はなし)
  • 4mm条件: 約20.4%
  • 6mm条件: 約18.8%

2mm条件であれば、本来コーヒー豆が持つポテンシャル(抽出効率)を損なうことなく、通常のクオリティを維持できることが確認されました。

3. 渋みスコア

図2:条件別の渋みスコア

図2:条件別の渋みスコア(数値が低いほど渋みが少ない)。すべてのパックフィルター条件で、コントロールより渋みが低下した。一方で、単なる希釈だけでは渋みは減少しなかった。

渋みスコアは、フィルターが厚くなるほど一貫して低下しました。

  • コントロール:約6.3
  • コントロール+加水:約7.0
  • 2mm:約4.2
  • 4mm:約3.2
  • 6mm:約2.0

単純な希釈(Control + water)では渋みは減少せず、むしろわずかに増加する傾向すら見られました。一方で、パックフィルターを使用したすべての条件では、渋みが大きく低減しています。特に2mm条件では、希釈コントロールとほぼ同じTDS・抽出率でありながら、明確な渋み低減が確認されました。

4. TDSと渋みの関係

TDSと渋みの関係は、単純な比例関係ではありませんでした。コントロールと希釈コントロールの比較から分かるように、TDSを下げるだけでは渋みは減少しません。

しかし、パックフィルターを導入すると、同程度のTDSでも渋みが大幅に低下しました。特に2mm条件では、ほぼ同じTDSでありながら、希釈コントロールよりもはるかに低い渋みスコアを示しています。

つまり、この風味変化は単なる“濃度の違い”ではなく、抽出液の“成分構成そのもの”が変化していることを示唆しています。

図3:TDSと渋みの関係

図3:TDSと渋みの関係。2mmパックフィルター条件では、同程度のTDSにもかかわらず希釈コントロールより渋みが大きく低減しており、単なる濃度差ではなく成分組成の変化が起きていることを示している。


主要な結果まとめ

  • 2 mm puck filter
    • 渋みを大幅に低減
    • TDSと抽出率はほぼ維持
    • 最もバランスが良かった
  • 4 mm puck filter
    • さらに渋みを低減
    • TDSと抽出率は低下
  • 6 mm puck filter
    • 最も低い渋みスコアを記録
    • かなり粗いグラインドが必要
    • TDSが大きく低下
    • 抽出条件自体が異なるため単純比較は難しい

結論

これまでこの方法を試してもらった人たちは、みな「驚くほど飲みやすく、まろやかになる」と感じていました。とはいえ、これが“エスプレッソの未来”だと言いたいわけではありません。実際の風味は、ドライフルーツ系のニュアンスが強く、酸味も穏やかになります。また、1つのパックを3分間リンスするのは大量のお湯を消費します。より環境負荷の少ない方法を考えるなら、洗浄済みの粉をまとめて乾燥保存するようなアプローチのほうが現実的かもしれません。

総合的に見ると、最も実用的だったのは2mm厚のパックフィルターでした。コーヒー量にすると約5g程度です。2mmでは、抽出効率を損なうことなく渋みを低減できました。一方で、より厚い層は渋み改善には効果的だったものの、抽出効率の面では明確なデメリットがありました。


WBC(世界バリスタ選手権)ルールにおける考察

World Barista Championship のルールでは、重要になるのは「3.1 Espresso (K)」の項目です。

「ポルタフィルター内に入れてよいのは、挽いたコーヒーと水のみ」

このルールに照らすと、一般的なAeroPressペーパーや金属製パックスクリーンは“コーヒーではない”ため、厳密には使用不可となります。一方で、使用済みコーヒー粉の層は、たとえ一度抽出済みであっても“挽いたコーヒー”であるため、この規定には適合すると考えられます。

ただし、別のリスクもあります。テクニカルジャッジの評価項目には、ポルタフィルターの清潔さや衛生的なワークフローが含まれているためです。もし厳格なジャッジであれば、濡れた使用済みコーヒーがバスケット内に残っている状態を、「適切な清掃がされていない」「ワークステーション管理が不十分」と解釈する可能性もあります。

エスプレッソコースにおける直接的な減点リスクは、主に次の2点です。

  • 投入前のフィルターバスケットが乾燥・清潔か(1点)
  • 挿入前にポルタフィルターを清掃しているか(1点)

これらは各コースにつき一度だけ採点されるため、固定リスクとしては最大2点です。しかしそれに加えて、「ステーション管理/作業エリアの清潔さ」は、1〜6点で個別評価される大きな項目です。つまり、実際にはワークフローや見せ方次第で、ある程度のリスクを伴う手法とも言えそうです。

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