
止まらない、「粉の増量」トレンド
シュリンクフレーション(減量による実質的な値上げ)が当たり前になったこの世界で、いまだに「アップドーシング(コーヒーの粉の増量)」がトレンドになっている場所が、ひとつだけあります。
それが、the World Brewers Cup(WBrC/ワールド・ブリュワーズ・カップ)です。
Barista Hustleチームは、ブリュッセルで開催されたWorld of Coffeeを訪れ、まさに熱戦の真っ只中にあったWBrC2026を見てきました。
多くのバリスタを指導した名コーチとしても知られる阪本義治氏がまとめた、ファイナリスト6名のレシピを見てみると、ひとつの非常に明確な傾向が見えてきます。
それは全員、とにかく低比率ということ。
- 6名の平均ブリューレシオは 1:14.1
- 範囲は 1:13.3〜1:15
- 6名中4名が 1:14〜1:15 で抽出
- サードウェーブの定番である 1:16〜1:17 に近いレシピはゼロ
こちらが、ファイナリスト全員が使用したレシピの一覧です。

アップドージングがBrewers Cupの初期から見られるようになった背景には、Compulsory Serviceがあります。 これは、すべての競技者が同じコーヒーを使って競うラウンドです。 当時、このラウンドでスポンサーから提供されるコーヒーは、ほぼ例外なくかなりの深煎りでした。そのため、大量のコーヒーを使って意図的に抽出不足にすることが、ジャッジに少しでも酸味を感じてもらうための唯一の方法だと考えられていたのです。 ある意味、1990年代〜2000年代初頭の「Boomer shots」と似たような発想です。 しかし、Open Serviceでは競技者自身がコーヒーを選ぶことができます。 そして2026年のファイナリストたちが公表したアグトロン値(焙煎度合いを示す数値)を見る限り、彼らが使っていたコーヒーが深煎りだったとは到底考えられません。

Barista Hustleが最近チェコのNaughty Dog Roasteryで開催したワークショップでは、ゲストスピーカーのGordon Howell(UK Brewers Cup Champion/Kode Brewing創業者)が、近年のOpen Serviceでアップドーシング傾向が強まっていることを指摘しました。私たちは、この傾向には競技の採点方法が大きく関係しているのではないかと考えています。 一方で、競技の外で一般的に行われている抽出方法とは、あまり関係がなさそうです。
以下は、過去10年間について情報を確認できた47の決勝ルーティンをもとに作成したチャートです。 なお、2018年は除外しています。この年、深堀絵美氏はラウリーナ種を使用したことで有名ですが、ラウリーナは一般的なアラビカ種のおよそ半分のカフェイン量しかなく、通常とはまったく異なるアプローチが必要と考えられるためです。 ちなみに深堀氏が使用したレシピは、なんと77g/Lでした。 また、2020年は大会自体が開催されていません。

もちろん、Brewers Cupにおけるサービスのレベルが驚異的に高いことに疑いの余地はありません。
2026年WBrCチャンピオンのNas Jaafarをはじめ、ファイナリストたちが見せたホスピタリティとサービスのレベルは、2011年にこの大会が始まった当初には想像もできなかったほどです。
たとえば、水の化学に関する知識ひとつを取ってもそうです。今年の準優勝者Simon Gautherinは、なんとApex Labsの創業者でもあります。コーヒーの調達も、技術革新も、すべてがハイレベル。中でもBavis Kwongは、これまで見たことのない「Sandwich Extraction」というアプローチを持ち込みました。下層に微粉を入れ、その上にもう1枚フィルターを置き、そこに粗い粒子を配置する方法です。理論としては、上部の粗い粒子にはより強い乱流が生じる一方、上側のフィルターペーパーの下にある微粉は、より穏やかに抽出されるというものです。
Brewers Cupのパフォーマンスを構成するほぼすべての要素が進化し続けている中で、なぜ競技者が使うブリューレシオだけは、これほど濃い方向へと進んでいるのでしょうか?
大会開始当初と現在を比べたとき、競技の仕組みにおける大きな変化のひとつが、2023年に導入された新しいスコアシートです。 2023年までは、「Body(ボディ)」「Acidity(酸味)」「Balance(バランス)」には2倍の倍率がかかっていました。 一方、揮発性のアロマの存在によって影響を受ける項目に与えられるポイントは、その半分程度でした。 2023年以降はこの配点が均等化され、さらにSCAのCoffee Value Assessmentに合わせて、0〜9点のヘドニックスケール(嗜好尺度)が採用されました。
普通に考えれば、「Body」に与えられる実質的なポイントが半減したことで、競技者はもっとライトな質感のコーヒーを提供しやすくなるはずです。しかし実際には、その逆のことが起きているように見えます。スコアシート上で嗅覚に関わる評価の重要性が増したことで、競技者は可能な限り多くのアロマをカップに詰め込もうとしているのではないでしょうか。
WBrC 2022 vs 2026 Open Service Scoresheet
偉大なるスティーブン・アボット教授の言葉を借りれば、「相関関係は、因果関係ではない」
もちろん、その通りです。しかし、近年の「ブリューレシオの低比率化」の原因を探すのであれば、「味覚表現の正確性(Accuracy of Taste Descriptor)」という項目の重要性が突然、以前の約2倍になったことは、かなり有力な手がかりと言えるでしょう。以前のスコアシートでは、この項目は20点満点でした。現在は、36点満点です。しかし、変わったのはそれだけではありません。
2022年から2026年にかけて、Brewers Cupのルール&レギュレーション委員会は、Open Serviceのスコア配分を大きく変更しました。ジャッジが「そのコーヒーを実際にどれだけおいしいと感じたか」を直接評価する比重が減ったのです。 官能評価そのものに割り当てられるスコアは、全体の62.5%から46%へ低下。一方、「Taste Description Accuracy(味覚表現の正確性)」に割り当てられるポイントは2倍以上になりました。
私たちは、この変更によって、「本当に飲んでおいしいコーヒー」よりも、「説明しやすいコーヒー」を作るほうが有利になるという強いインセンティブが生まれているのではないかと考えています。
そして、その結果として予想できる反応のひとつが、大幅なアップドーシングです。コーヒーの使用量を増やせば、アロマの強度も増します。そして競技者が宣言したフレーバーを、ジャッジがカップの中から見つけやすくなります。しかしその代償として、バランス、飲みやすさ、そして純粋な「おいしさ」が失われる可能性があります。
このままではBrewers Cupが評価するものが、「テーブルの上で最もおいしいコーヒー」ではなく、「競技者が用意した台本どおりの味が、最もはっきりと感じられるコーヒー」へと変わっていく危険性があります。
